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おじいちゃん、おばあちゃんの思い出

1 :大人になった名無しさん:03/12/15 22:09
無いよね?まだ・・・
私にとって、思い出といえばおじいちゃんおばあちゃんなんだけど。
血が繋がってなくても、近所のおじいちゃん、おばあちゃんでもOK

240 :大人になった名無しさん:2006/07/21(金) 22:07:16
俺の筋消し婆ちゃんに食われちゃった

241 :大人になった名無しさん:2006/07/22(土) 00:26:01
祖父母はアイヌ民族でしたよ。

242 :大人になった名無しさん:2006/07/27(木) 12:13:52
俺の曾祖母(父の父の母)に小さい頃よく体を洗ってもらいました。
そのばあちゃんは3年前、100歳の誕生日で亡くなった・・・・
死ぬ五時間前ぐらいに一時心拍数が0になった。みんながもうだめぽと
思った瞬間、なんと2秒で75に戻りました。生命力がすごいおばあちゃんでした。
16年前に葦が腕を貫通したことがあったのですが、塗り薬つければ治るといって
3日で完治しました・・・すごい

243 :大人になった名無しさん:2006/08/08(火) 23:06:28
うちの隣に住んでる半身不随(右の)のおじいちゃん。体は不自由だけど
心はとびっきり元気で、口やかましく病院でも困り者だったそう。そしてどうしても家に
帰りたいと言うので、在宅介護という話になったそうなんです。奥さん(おばあちゃん)と
が息子のお嫁さんを説得しておじいちゃんの面倒を見てもらうことになった(おばあちゃんは仕事持ち)
んですけど、そときからおじいちゃんの面白パワーが炸裂(笑)したんです。
ある日私が家の前を通りかかると「よいしょー」とか「そーれ」とか聞こえるので、何だろうと思って見ると
おじいちゃん、ベッドの脇で介護してるお嫁さんのお尻に必死の形相で右手を伸ばしてたんです。(爆)
これがおじいちゃんのリハビリ法と思って思わずふき出しちゃったんです。
暫くたってまた行くと「ほら、後もう少し」と今度はおばあちゃんがおじいちゃんに声援を送ってました。
そしてお尻に手が届くと、おじいちゃん「やったー」と近所に聞こえる大声で叫んでお嫁さんのお尻を震
えながらもナデナデ。その顔が嬉しさでいっぱい。茶目っ気たっぷりのおじいちゃんの
様子に思わず拍手しちゃいました。昔からスケベ心旺盛でお嫁さんによくちょっかいだしてたとか。
でもその力で直ったことにびっくりしました。おばちゃんもおじちゃんのことが好きで時にはお嫁さんをお説教し
ながらおじいちゃんを影で支えてました。
今では手が大分動くようになり細かい指の動きをやっぱりお嫁さんのお尻で練習中とか(苦)
私は昔からおじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられてきたこともあって、こんな二人が大好きです。
がんばれー

244 :大人になった名無しさん:2006/08/20(日) 12:58:50
お盆休みに6年ぶりににおばあちゃんに会いに行った。
会社を辞めてからずっとフリーターだったから
無様な自分を見せられなくてずっと会いにいけなかった。
新幹線と特急と乗車券で1万9千円かかったけど
おばあちゃんに会えると思えばたいした出費でもなかった。
岡山についておばあちゃんを見た瞬間泣きそうになった。
何回も入退院繰り返してこんなに痩せてしまって・・・
駅まで迎えに来させてごめんな。
おばあちゃんが作ってくれた朝ごはんおいしかったで。
俺の好きな鮭用意してくれててありがとう。
1泊しかできんでごめん。今度は長い休みとって行くから。
おじいちゃんのお墓も綺麗に掃除するわ。
おばあちゃんがお土産にくれたトマトホンマおいしかったで。
今日、資格の試験やったけどおばあちゃんに諭されて
心を入れ替えて勉強したからすごいよくできたわ。
俺、おばあちゃんのために財形してて毎月1万ずつ貯めてるから
次に会いに行くまで絶対死んだらあかんで。

245 :大人になった名無しさん:2006/08/20(日) 13:14:12
>>244
いいこと書くよなオイ。 ゚・(ノД`)・゚・
セピアの底の方に沈んでいると思うけど 年寄りは死ね だったかひどいスレがあるんですよ。
こんな事を語る連中は祖父母のよかった経験がないのでしょう。ある意味かわいそう。
私の最後のおばあさんが昨年逝ってしまった。最後の頃はボケてしまっていたが
もっと見舞いに行けばよかったと悔やんでいます。ちなみに笠岡。

246 :大人になった名無しさん:2006/08/20(日) 17:05:21
小学生の頃、妹と下校途中に田植え準備の為どろどろの田んぼを発見。
好奇心でずぶずぶと泥状態の田んぼを歩いていく妹と私。
でもしだいに足が抜けなくなって、歩き出すことも出来ずに二人してどうしていいか分からず泣き始めてしまった。
するとそこにタイミングよくスクーターに乗ったおじいちゃんが登場。
私と妹をつかんで引っ張り挙げてくれた。
そしてスクーターの後ろに妹を、前に私を立たせて家まで送ってくれたおじいちゃん。
ほんとそれだけのことなのにこれはみょう〜に頭に残ってる。

でも家帰ったらうしろにいるはずの妹を途中で落としてきてたのに気付いた。


247 :大人になった名無しさん:2006/08/20(日) 18:44:40
俺は母子家庭で祖父母に育てられたから
ここをよむと感動する二人とも70才なので心配だ
幸い病気などはまだないが…


248 :大人になった名無しさん:2006/08/24(木) 01:32:18
小銭とってごめんなさい。

249 :大人になった名無しさん:2006/09/04(月) 23:39:39
母方の祖父が脳出血で倒れて入院した時、妊娠中だった私はお見舞いに行けなかった
遠方だから赤ちゃんが心配だとかお金がかかるからとか思ってたけど、本当は面倒くさかったのかも知れない
里帰りせずに産んで、子供が6ヶ月の頃初めて帰省してお見舞いに行った
子供を見て、うんうんとうなずいてくれた
それから数時間後、おじいちゃんは亡くなった
きっと私が帰って来るまで待っててくれたんだと思う
そう思うと申し訳なくて後悔して仕方がなかった
今でも後悔しています
ごめんね、おじいちゃん
私達姉妹が大人になってもプレゼントは子供用の宝石箱やおもちゃで、ずっと子供の頃のままだったんだよね
本当に大好きでした
娘は4歳になったよ
垂れてる眉と目はおじいちゃんにそっくりだよ

今、父方の祖父が入院している
同じ後悔をしないようになるべく顔を見に帰ってる
もう祖父母も平均寿命を越えていて、近い将来いなくなるんだと思うと悲しいよ
この年になっても祖父母がいるのは幸せな事なんだろうけど、もっともっと長生きして欲しい

250 :大人になった名無しさん:2006/09/05(火) 02:45:28
こないだドラえもんでのび太がタイムマシンで
おばあちゃんに会いに行くストーリーがあって
俺も会いたくなっちゃったよ。仏壇にあった
お金盗んでごめんなさい。

251 :大人になった名無しさん:2006/09/05(火) 10:09:40
このスレ見てて辛抱出来なくなりました。

今も一緒に暮らしている祖母ちゃん、すっかり耳が遠くなり独りでお風呂にも入る事も出来なくなってしまい介護センターの人のお世話になってるけど大好きだよ。

祖母ちゃんの大好物のマグロの刺身とザーサイの漬物、毎日でも食べさせてあげるから長生きしてね…。

いかん、カキコしてて涙が…。

252 :大人になった名無しさん:2006/09/05(火) 13:10:24

おばあちゃん本人 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!



http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/geino/1156720483/68

おばあちゃん本人 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

おばあちゃん本人 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!



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おばあちゃん本人 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!


253 :大人になった名無しさん:2006/09/05(火) 13:20:25
妙なやつがいるね

254 :大人になった名無しさん:2006/09/05(火) 21:00:18
ここは心の優しい人が集まるスレですね…(´・ω・`)

255 :大人になった名無しさん:2006/09/10(日) 03:51:29
今月の3日におばあちゃんが死んじゃった…
葬式も終わったのに全然自覚がないよ
でももっと会いに行けばよかったな
笑ってあげればよかったな
話を理解できなくたっていっぱい話しかければよかった
飴玉が好きだからもっと食べさせてあげたかった
最後の最後に入院したとき何となく手を握ろうか考えて迷ったけど
寝てたしまた今度も乗り越えちゃうだろうと思って結局握らなかった。
今は凄く後悔してる。


256 :大人になった名無しさん:2006/09/10(日) 07:05:28
俺、じぃちゃん、ばぁちゃんに、かなり可愛がられて育った。
幼稚園の頃まで、一緒に寝たりして村の伝説とか、昔話を沢山聞いた。

だからかな、お年寄りと接するのが大好きなんだ。
将来は介護福祉士目指して、頑張って勉強してる。

257 :大人になった名無しさん:2006/09/10(日) 19:33:00
小学生のころに4人とも死んじゃった。
母方のおじいちゃんおばあちゃんは離れたところに住んでいたので
殆ど会った記憶がない。
父方のおじいちゃんは小2のとき脳梗塞で倒れて入院を繰り返していたから
顔は何度も見たけどまともな会話をしたことがなかった。

ただ一人だけ、私の中でおばあちゃんだけが思い出として残ってる。
両親は共働きだったので幼稚園の帰りはおばあちゃんの家だった。
極端に狭いキッチン、少しホコリくさい布団、つんとするほど草のにおいが香る庭
私が好きだったチョコボールを毎日買ってくれた
いつも私の話を熱心に聴いてくれた。私の幼稚園時代が寂しくなかったのはおばあちゃんが居たからだった。

おばあちゃんは小1の夏死んでしまった。訳は聞かされなかった。今も知らない。
半開きになった目を覗き込んだら、にごった瞳しか見えなかった。
本当に死んじゃったんだ。涙は出なかった。

おばあちゃん、本当に大好きだったよ。泣いてあげられなくてごめん。

258 :大人になった名無しさん:2006/09/13(水) 18:56:30
おばあちゃん 色々ありがとう ごめんね

259 :大人になった名無しさん:2006/09/14(木) 16:20:30
おばあちゃん、おじいちゃんとの思い出っていうのは人生の財産だよね。
こういう思い出を沢山持っている人たちは、たとえ涙が出てくるような思い出でも、すごく幸せだと思うよ。

260 :大人になった名無しさん:2006/09/14(木) 16:25:30
いやぁ、良いスレだ。


261 :大人になった名無しさん:2006/09/15(金) 09:16:17
朝から涙で顔がぐちゃぐちゃだよ・・・
私が旦那と結婚報告に行った時、背中丸めて泣いてたな・・・
子供を産んだ時も泣きながら「ひ孫を見せてくれてありがとう」って言ってくれた。
お正月に帰るのが待ち遠しくなったよ・・・

262 :大人になった名無しさん:2006/09/22(金) 22:18:28
自分はおじいちゃんを中1の時に亡くした。

おじいちゃんが病気になってから
いつもおばあちゃんに『あれやってくれ、これやってくれ』と
命令ばかりするから、
影で、おばあちゃんはおじいちゃんの家来じゃないし、面倒くさいことは
全部おばあちゃんに言いつけてバカじゃないの?とマヂギレしてた。

おじいちゃんが入院した時も、普通に元気だったのに
病院の先生におじいちゃんが自分から『入院とかした方がいいんですかね?』と
頼んだのを聞いて、
『病弱なフリして…元気なくせに。』と全然心配もしなかったし、
家にいなくなってからも、『戻ってきたらまたうるさくなるなあ…』って
正直戻ってきてほしくなかった。

おじいちゃんのお見舞いに行けって親が言ったりしてきたけど
面倒くさかったし、あんな奴の見舞いなんか行くかって思ってた。
1回だけ行ったんだけど、その時はずっと寝てて
『せっかくお見舞い来てあげたのに』と怒ってた。

おじいちゃんが死んでから、
病院に自分から入院したのも、家族に迷惑かけたくなかったからって知ったし、
もう、最後らへんは寝たきりで喋れなくなってたから
言いたいことをメモに書いてたらしいんだけど
震える字で書いたメモには『家に帰りたい、どうか皆に会いたい』とかばっかり書いてあって
トイレにも行けないから尿瓶みたいなのつけてたらしいんだけど
そのせいで血がたくさんついたパンツとか出てきて…
自分に悪口言われてたの知ってたくせに何も反論して来なかったし…

おじいちゃんはおじいちゃんで苦しんでたのに
それに全く気づかないで最後までバカにしたりして
本当にゴメン…
今でもこれ思い出して鬱になって泣き叫んじゃう…

あー…涙でキーボードが…w

263 :大人になった名無しさん:2006/09/24(日) 23:06:53
今日掃除してて、さっき花札が出てきたんだ。最近は全然やってない。
そもそも普段住んでる家ではあんまりやらないんだけど、田舎に行く時とかよく持っていったりしてた。
自分はルールも未だによくわかんないし弱いんだけど、そういや父方のおばあちゃんは強かったなー

と、そこまで考えて、そういや父方のおばあちゃんは数年前に亡くなっていたんだった。
何とも言えず切ない気持ちになっているのが今です……('Д`)

264 :大人になった名無しさん:2006/09/26(火) 04:41:02
久しぶりにここへきました。スレ残っていてくれてすごく嬉しいです。安心しました。
読むと必ず泣いてしまうので今日は読まずに去ります。

265 :大人になった名無しさん:2006/09/28(木) 06:45:46
一昨年亡くなった私のおじいちゃんの話なんですが、良ければ聞いて下さい。

小さい頃よく近くの喫茶店にケーキを食べに連れていって貰っていたのですが、
中高生になると徐々にそういうのが恥ずかしくなって、余り行かなくなってしまいました。
その後少しやんちゃな時期もあり、
ある日遊び疲れて昼間から爆睡してるとおじいちゃんが家に訪ねてきました。
いつもなら「コーヒー飲みにいこう!」と祖父が言う→私が断るパターンなのに、
爆睡してる私に掛ける言葉が無かったのか黙ったまま突っ立ってるので
「また今度久しぶりに一緒にコーヒー飲みにいこうな」と寝ぼけながらあしらうと、
凄く凄く嬉しそうな笑顔を残して帰っていきました。

それからすぐに癌になり入退院を繰り返していたのですが、
相変わらずの私は見舞いへは行くもののやっぱり遊び中心の生活で、その約束も気にとめていませんでした。


それから二年程経って、もう持って一ヶ月程度と言われ最後の入院
久しぶりに見舞いに行くと、いつもガハハと笑うおじいちゃんが涙を流していました。
ここでようやく約束をほったらかしだった自分の浅はかさに気付き、来る日も来る日も「退院したらコーヒー飲みに行こう」と約束し続けていました。
だけどとうとう呆気も出てしまい、飲食物もチューブや点滴で取る事しか出来なくて、退院は到底望めるものではありませんでした
でもせめて、約束だけは叶えたいと思い売店で買った缶コーヒーを二本テーブルに置いて、
お互いフタも空けずにゆっくり話をしました。
申し訳無くて悔しくてただ泣くのを堪えながら他愛のない話をしました。


266 :大人になった名無しさん:2006/09/28(木) 06:48:12
それから二年程経って、もう持って一ヶ月程度と言われ最後の入院。
久しぶりに見舞いに行くと、いつもガハハと笑うおじいちゃんが涙を流していました。
ここでようやく約束をほったらかしだった自分の浅はかさに気付き、来る日も来る日も「退院したらコーヒー飲みに行こう」と約束し続けていました。
だけどとうとう呆気も出てしまい、飲食物もチューブや点滴で取る事しか出来なくて、退院は到底望めるものではありませんでした
でもせめて、約束だけは叶えたいと思い売店で買った缶コーヒーを二本テーブルに置いて、
お互いフタも空けずにゆっくりゆっくり話をしました。
申し訳無くて悔しくてただ泣くのを必死に堪えながら他愛のない話をしました。


翌日、病院に行くとおばあちゃんが会うなり
「おじいさんが『〇〇とコーヒー飲みに行った』って言うんやけど、ほんまやないよねえ??」と一言。
もうただ泣くしかなかったです。
約束覚えててくれてありがとう。
守れなくて本当ごめんなさい


長くてすみません。
思い出させてくれて有難うです
明日、コーヒー持ってお墓参りに行ってきます。

267 :大人になった名無しさん:2006/09/28(木) 15:22:37
A級戦犯の孫と罵声を浴びせられ、ひどいイジメを受ける少年
死刑になった祖父を恨み、くやしいと思うが何もできない
ある日、ひょんなことで手に入ったタイムマシンで祖父を助け出しに行く

牢獄から祖父を連れ出すことに成功するが、サングラスにコーンパイプの軍人に見つかってしまう
ピストルを突きつけられ観念する少年とその祖父
ソーリダイジン ニ ナリナサーイと意味不明な語りかけをする軍人

何のことか分からず戸惑うが、話してみると助けてやる代わりにアメリカのために働けと言われる
そんなアメリカのスパイになることなんか出来るか!と怒る少年
ニコニコしながら軍人と握手する祖父
ズッコケる少年

少年がタイムマシンで戻ってくると、周りから総理大臣の孫とちやほやされる世界になっていた
「安倍少年物語」

268 :大人になった名無しさん:2006/10/15(日) 17:35:43
弟と二人、おじいちゃんに湘南の海に連れてってもらった。
食事の後 寝転がろうとすると、おじいちゃんは
「タクミ、いかんいかん!北枕だ。死人が海から出てきて足を引っ張られるぞ」と俺を叱り
周りの人とは反対を向いて寝てしまった。小坊の俺たちにはそれなりに説得力があったが、
さすがに頭を海、足を陸に向けるのは違和感があり、寝るのはやめて遊ぶことにした。
小一時間して戻ってみると、おじいちゃんが寝てたとこまで潮が満ち
おじいちゃんのカツラが波にさらわれてた。


269 :大人になった名無しさん:2006/10/15(日) 17:42:00
>268
はいはいワロスワロス

270 :大人になった名無しさん:2006/10/15(日) 17:49:12
吹いたw

271 :大人になった名無しさん:2006/10/15(日) 17:55:34
吹いたスレから誘導されてきますた
こっちは泣けるスレだったんですね

272 :大人になった名無しさん:2006/10/15(日) 18:04:46
おじいちゃーん!wwwwww





………うちのじいじもヅラリンなので笑えない

273 :大人になった名無しさん:2006/10/15(日) 20:06:02
>>268
おもしろい

274 :大人になった名無しさん:2006/10/15(日) 20:13:36
おれのじいちゃんはツルッてたが
鬘なんて被ってなかったぞ


275 :大人になった名無しさん:2006/10/15(日) 20:29:26
クスッときた

276 :大人になった名無しさん:2006/10/16(月) 09:23:56
じいちゃんカワイソスw

277 :大人になった名無しさん:2006/10/18(水) 10:26:58
うちのじいちゃんも北枕気にしてたな。
仏教徒だからだろうか?


278 :大人になった名無しさん:2006/10/22(日) 15:08:26
私の祖父母は、夫婦そろって長生き
祖父は98歳、祖母は95歳になりますよ
今だに畑仕事に精を出してるからビックリする
もっともっと、長生きしてもらいたいな

279 :大人になった名無しさん:2006/10/24(火) 21:16:58
小さい頃からじいちゃんっ子だった。
毎月デパートに連れて行ってくれて、好きなもの買ってくれた。
じいちゃんは大食いで、いつも決まってデパートの食堂で大きな丼に入ったカツ丼食ってた。
俺が泊まりに行くと刺身をたくさん用意してくれて、夜は一緒にTV見て
じいちゃんの隣の布団で寝た。
俺が中学に入ると、部活やらで忙しくなり、じいちゃんと会う機会は徐々に減っていった。
でもじいちゃんは月に2回は週末に菓子や畑で取れた野菜を家に持って来てくれた。
俺は週末は塾で家を空けてたので、じいちゃんと顔を合わすことはなかった。
おふくろから「おじいちゃん『○○(俺)は留守なんだなあ』って寂しそうだった」
と聞いてもふーんとしか思わなかった。
それから俺は高校に入学すると同時に寮に入った。じいちゃんと全く会わない
生活が2年続いた。
ある連休の日、俺は実家に帰っていて、一人で家にいた。車が入ってくる音がし
チャイムが鳴る。ドアを開けたらじいちゃんがいた。じいちゃんなんでこんなに
老けてるんだよwなんでこんなに小さくなってるんだよ。
じいちゃんは俺が長い間会わなかったので俺が自分と会いたくないと思っていたのか
野菜の箱とお菓子を置いてすぐ帰った。まだ帰るなよ、お茶飲んでいきなよ、と言おうと
思ったのに、何も言えなかった。
じいちゃんが帰った後、部屋に篭もって数年ぶりに大泣きした。



280 :大人になった名無しさん:2006/10/26(木) 14:05:28
このスレ見てたら、じいちゃんとばあちゃんが、
すごく大事な存在ということに気づいた。
なんでキライになったんだろう・・・
今は何もしてやれないけど
あと二年したら好きなものいっぱい食わしてやれるから
それまで、生きてくれと願ってます。

281 :大人になった名無しさん:2006/11/05(日) 21:54:21
母方の祖母は近所に住んでるので、良く顔を合わせていた。
父方の祖母は行き返りだけで3日費やす所に住んでるので、
1年に1回会えるかどうかで、また自分は多数いる孫の中でも
最後の方に生まれたので、何となく素直に甘える事のできない遠い存在だった。

母方の祖母に比べると今までほとんど贈り物をした事が無かったけど、
今年は何だか気になって、誕生日プレゼントを贈ってみた。
すると到着して直ぐ、電話が掛かってきた。
耳が遠いので電話が苦手なのに。「ありがとう。ありがとう。」と何度も言ってくれた。
そして「せめてものお返しに」と、自分の畑から取れた野菜をたんまりと送ってくれた。
もう90歳なのに、体力も無いのに、畑で一生懸命いい野菜を見繕ってくれてる
祖母を想像して泣けた。嬉しかった。

遠い存在だからと勝手に垣根を作ってしまってごめんね。
これからはどちらのおばあちゃんも、平等に接していきたいと思います。

282 :大人になった名無しさん:2006/12/11(月) 01:01:35
おじいちゃんが亡くなって今日で1週間です。
血縁者の中で多分、おじいちゃんが一番好きだったし
尊敬してた。私のおじいちゃん、人命救助で新聞にも載った
ことがあるんだよー。ずっと仕事をしてたけど、
最後は病気で苦しんでたから、天国でまったり愛犬と過ごせていれば
いいけど。本当に長い間ありがとう。楽しかったです。

283 :大人になった名無しさん:2006/12/11(月) 23:43:09
このスレ、いいなぁ。
みんな、じいちゃんの思い出がいっぱいつまってるんだな。
俺も、大好きなじいちゃんがいた。
長くなるけれど、じいちゃんの事を書かせて欲しいと思う。



うちのじいちゃんは、頑固で短気で、けっこう近寄りがたかった人だった。
女遊びが激しくてばあちゃんを泣かせていた。うちには余りお金も入れず、遊び歩いていた時期もあったりした。
ばあちゃんはじいちゃんの愚痴をよくこぼしては涙ぐんでいた。
俺はあまり、じいちゃんを好きになれなかった。


でも、じいちゃんはずっと勤めてきた会社を定年退職して、ばあちゃんといつも2人でいるようになってから、
いろいろ出かけるようになってから、少しずつ笑顔も増えて、優しくなっていった。
山に山菜取りに行くのも一緒、映画を見るのも2人で、ファミレスに入って2人でクリームソーダも食べたらしい。
まるでばあちゃんとの欠けた時間を取り戻すかのような、どんどんまるくやさしくなるじいちゃんが、俺は好きになった。

毎週日曜日はお菓子を持って遊びにいく。犬の顔をごつごつした手で撫でながらじいちゃんはにこにこ笑う。
このころまでは、まだ元気だった、じいちゃん。

おかしいな、と気づいたのは、学校のバスが故障で送ることができなくなって、迎えを頼んだときだった。
軽トラで迎えに来たじいちゃん。
学校を出てすぐの信号が赤だ。赤なのに止まる気配が無い。そのまま、通過した。
「今、赤だったよ?」といっても「おっ、いけね、わからなかった」というじいちゃん。
そのときは、あまり気に留めていなかったけど、ここからじいちゃんはおかしくなっていった。

長くなりそうだから続く。すまない


284 :大人になった名無しさん:2006/12/12(火) 00:00:58
>>283です。続き。

夜中に電話がなった。おじさんからだった。
じいちゃんは、ばあちゃんとおじさん(じいちゃんの息子)の3人暮らしだ。
じいちゃんが夜中に暴れたという。叫んで、暴れて、おじさんが力ずくで止めたという。
次の日には、じいちゃんは腰が抜けたようになり、自力で立てなくなった。
トイレも、ばあちゃんに捕まえてもらってやっとの思いでいく。自分ではズボンも上げ下げできない、拭けない。

心配になり、じいちゃんのところへ行った。
「じいちゃん。」
じいちゃんは着物を着せられて座っていた。
俺が話しかけると、明らかに、俺がいないほうをみて「だ、だれだ」といった。
「じいちゃん、わかんないの?」俺がもう一度話しかけて、やっと「○○か?」といってくれた。
でも、じいちゃんは目なんて悪くない。耳も悪くない、はずだ。でも、
「誰が来たか、わからんかった」
じいちゃんはそうつぶやいた。

検査入院のためにじいちゃんは病院にいくことになった。そこでじいちゃんは悔しい思いをする。

うまく身体が動かなくなったじいちゃんはベッドの上で看護師さんの介助で、ごはんを食べることになった。
目もよく見えなくなっていたので、じいちゃんはおかずの魚をうまく取れず床に落っことした。
看護師さんは、落ちた魚を、そのまま皿に戻したらしい。
じいちゃんは、完全に目が見えていないと思われたのにカッとなって、看護師さんに腕を振り回してしまった。
「困ります、暴力を振るわれるのは」おじさんは看護師と医師からそう怒られたらしい。
でも、じいちゃんは悔しそうに俺らに話して聞かせた。このことを。
俺はじいちゃんのほうが正しいと思ったのだが、この日からじいちゃんは暴力的で危険な患者として扱われることとなった。
そして下った診断は、アルツハイマーだった。


病院にいてもよくならないから、と退院させられたじいちゃん。
日に日にじいちゃんはじいちゃんではなくなっていった。
目が見えなくなり、耳も聞こえなくなった。完全に昼夜逆転し、夜はおじさんとばあちゃんが寝ずにじいちゃんに付いた。
ごはんも食べられなくなり、言葉もしゃべらなくなり、ひたすら「こわいよーこわいよー」と何かに怯え、子供のように泣いた。
病院に連れて行くときも、暴れるのを大人四人で押さえつけて連れて行った。
再診断結果は、クロイツフェルト・ヤコブ病だった。

285 :大人になった名無しさん:2006/12/12(火) 00:16:19
>>284の続き。

即入院させられたじいちゃんは、ヤコブ病特有の退行していく意識のなかで、幼児から赤ちゃんまでさかのぼり、言葉は「あー」としかいえなくなった。
ごはんも、鼻から管を入れて無理やり流し込まれてた。やられるたびに、苦しげに冷や汗を流していた。
見舞いに行くたび、じいちゃんの病室は、なんだか異様な匂いがするようになった。

骨と皮だけになったじいちゃんの指は、いつにもまして黒く、ごつごつしている。
動かない手を、ずっと握ってあげた。その手はいつも暖かかった。

そして、、じいちゃんが危ないと連絡があった。
駆けつけると、ゆっくり、はー、はー、と浅く息をつくじいちゃんが、こっちをみつめていた。
あの異様な匂いが充満するなか、意識はもうとっくの昔に無いのに、はっきりとこっちを見ていた。
たまらなく悲しくなって、またいつものように手を握った。冷たかった…。
涙が抑えきれないほど溢れて止まらなかった。
苦しいよな、じいちゃん…楽になりたいんだよな…
じいちゃんは、次第にぼんやりと宙を見つめていった。

昼過ぎ、じいちゃんは逝った。まだ六十歳だった。

内臓はほとんど朽ちて、脳ももう息をしているのが不思議なくらい、やられていたらしい。
じいちゃんの血と骨髄は、ヤコブ病の研究のため、採取された。死んでからも、痛いことをされているようで、俺は嫌だった。
ヤコブ病は特異な病気なため遺体はすぐ荼毘にふされ、密葬という形でお骨になってから行った。


じいちゃんがおかしくなってから、死ぬまではわずか二ヶ月ほどだった。

怖かったじいちゃんがやさしくなって、嬉しかったのに、なんで、こんな病気にかかってしまったんだろう。
いまだにばあちゃんは出先で入ったファミレスの、メニューの隅に載ってるクリームソーダをみると、
2人で食べに行った思い出が忘れられずに、じいちゃんを思い出して涙ぐむ。
だから、俺もクリームソーダは、なんだか悲しい気持ちになるから、苦手になった。

・・・長くなってしまってほんとにごめん。
でも、俺のなかで駆け抜けていったじいちゃんという存在は、いつまでも忘れない。

286 :大人になった名無しさん:2006/12/23(土) 14:29:20
良スレはホシュ

287 :大人になった名無しさん:2006/12/23(土) 20:46:59
あれ?目から水が流れてくる(ToT)/~~~

288 :大人になった名無しさん:2006/12/26(火) 03:26:38
おばあちゃん、去年の11月になくなった。
母親と仲悪くて、母親がおばあちゃんに意地悪していた。
力も弱い老人を虐めるなんて最悪な親だ、私は母親を恨んでいる。
今でも・・・自分がおばあちゃんになった今、孫に囲まれ楽しそうに
している姿を見ると憎しみを感じる。私はおばあちゃんに可愛がられて
育った。きっと孫が可愛いのはどこのおばあちゃんもそうだろう。
それを10年以上前に母親が厄介者扱いして追い出した。母親に殺気を覚えた。
お前がお婆ちゃんになったら追い出してやる、とも思った。
結局おばあちゃんは親戚の家に引き渡され、最後は老人ホームで老衰のような
状態でなくなった、90歳だった。
半分信じられなかった。おばあちゃんが生きていたということも正直驚いていた。
なんで探して会いに行かなかったんだろう・・・
おばあちゃん、本当にごめんなさい。毎年お墓参りはいきます、おじいちゃんと
一緒にゆっくり休んでください。何も出来なくてごめんね・・ごめんね・・・
母親の顔をみると、全身の毛穴がムズムズしてきてものすごい不快感を覚えている。
これは私が中一の時から変わらない。自分の事と体裁しか考えない自分勝手な女。
おばあちゃんを追い出した後、しきりに話しかけてくるようになった。上機嫌で・・
私はアンタがいなくなって欲しいよ。世の中お婆ちゃん子とかオジイチャン子とか
色々いるんだよ。全てお前の言うとおりにならないんだよ。
自分になつかないから、おばあちゃんを追い出してうまくやろうと思ったのかもしれないけど
逆効果だよ。アンタが死んでも得体の知れない恐怖感が頭をよぎる程度で
悲しみはまずないだろう。残念だけど、弟に期待してくれ。
弟とは仲良しこよしでなつかれてるんだからいいだろ?これ以上の我侭は
ゆるされないよ?おばあちゃんが亡くなっただけでこっちはお前に対する憎しみが
また倍増したんだから・・
長文スマソ

289 :大人になった名無しさん:2006/12/31(日) 23:33:13
test


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