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【自由学位】株式会社イオンド大学 6【ゼニゲバ】

20 :備えあれば憂い名無し:2005/10/31(月) 15:45:34 ID:4slWzLeb0
仏法から仏教への転換

      中杉 弘 エッセイ集より


世間では仏法と仏教の区別をあまりしない
創価学会でも日蓮正宗でも同じことだ
しかしこれは重大な意義をもつ

仏法の指導者はこのことを知っているはずだ
意識的に”仏法”を使っているに違いない
なぜなら民衆が求めるのは仏の教えではなく
ご利益ある”仏法”であるからだ

菩提心をおこした真性の求道者にしてはじめて
仏教を求めることになる
南無妙法蓮華とは仏法ではなく仏の教えと信ずるべきである
仏教とは仏になるための仏の教えである
教えであるから信じて行じなければ意味がない

日蓮大聖人「開目抄」にいわく

  日本に仏法渡りてすでに七百余年、ただ伝教大師一人
  ばかり法華経を読めりと申すをば、諸人これをもちいず。
  ただし法華経にいわく「須彌をとって他方の無数の仏土に
  なげおかんも、亦いまだこれ難しとせず。ないし、もし仏の
  滅後に悪世のなかにおいて、よくこの経を説かん、これ
  すなわち難し」


たしかに日蓮大聖人も「仏法」という言葉はつかわれているが
その意味は仏教である。(義によって語を判ずる)
仏の教えとは人の生き方の問題であり「仏法」というような
宇宙の法則を意味するようなものではない。
本来の意味がわかっているならばどちらでもよいのであるが
僕は仏教の基本を明らかにするために仏法あらため仏教を
多用することをすすめたい。




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